自転車泥棒 呉明益
知人からです。
幼年期、父と共に失踪した幸福印自転車の行方を辿る過程で知る家族の来し方、代々の自転車所有者達他縁者達の道のりが胸締め付けながら時空超越して結びついてくる。過去を知ることは本来本人だけの心中にある痛みと悲しみの実感であった。幸福の記憶ですら最早手の届かない事実の再確認でもあった。
インパール作戦時の象やオランウータンは気の毒過ぎてしばしば頁を閉じた。
『いい職人が細やかな調整をして絞めたネジには集中力が宿っています。数十年もの間自転車に留まって解体する時、その力を感じる事があります』
『価値を知る人間が拾わなければ無造作に屑鉄にされるだけだ』
所有者の個人的歴史や思いの全てに敬意もなく捨て去るのは許し難い。
結果、ヴィンテージ自転車は何台も増えていく。